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花園祐

Author:花園祐
 歴史とインドを何より愛する現在20代の一匹狼です。専門は国際政治と中国語で、そのほか社会学なども扱っています。 連絡先 miyamakikai@gmail.com

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陽月秘話 出張所
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
何故私が絶交をしたのか
 非常に私事なのですが、実はほんのちょっと前に私は長年交流をし続けたある友人と絶交をしました。もしかしたらその友人はまだこのブログを見ているかもしれず、こんな内容をここで書くのは非常にその元友人に申し訳ないのですが、私のある考えを他の人に紹介するのにちょうどいい好例なので恥を知らずに書かせてもらいます。

 まず何故その友人と絶交したかですが、単純な理由であればこれ以上は付き合いきれないと思ったからです。一から話すと長いのでもう言ってしまいますが、その友人はある仏教系の宗教に入信しており、それこそ18歳の頃に出会った頃から会う度に私にも入信を勧めてきていました。それに対して私は洗礼こそ受けていないもののキリスト教の精神を個人的に信奉しており、また儒学にも強く引かれていたので一応は断り続けていたのですが、何も話も聞かずに否定するのはどうかと思い、その友人に言われるがままに何度もその宗教の施設に足を運んでは読経会に参加したり、これを読めばわかるからというから経典も一応は目を通したりはしました。

 結論から言うと、そうした活動を行っても私はその宗教に魅力を感じられませんでした。また仮に友人が言う通りにその宗教から何かしら学ぶものがあったとしても、なにも入信しなくてはならないというほどの必要性は感じず、個人的にはいい奴だと考えていたのでその友人とも付き合いでその後も何度も読経会に参加したり友人の話を聞き続けました。

 正直なところを言えば、自分には合わないと思っているからもうこうした宗教とは切り離して自分と交流を続けてもらいたかったのですが、その友人にとってはやはりそういうことが出来ず、何度かそういったことを口にはしたものの相変わらず自分の宗教の優位性を私へと説き続けました。私も最初は聞き流していたのですが今年に入り明確な友人の行動の変化を見るに至り、絶交することを決めました。

 その友人は出会った当初は、一度施設で読経会に参加してみればその宗教の良さがわかると言ったので私は参加しました。そうして何度か参加しても私の心が変わらないのを見ると、今度は経典を読めばわかると言ったので私は教典を読みました。経典を読んでも私の心が変わらないのを見て、とうとう最後には入信すればわかると私に言い始めて来たのが今年です。
 しかし言ってはなんですが、まだ先の二つはそれこそやるだけで済みますが、入信するとなれば毎年数千円のお布施を払わねばならないなど先立つ物も必要です。それに経典を読んでも一切魅力を感じなかった私が、果たして入信すれば本当にその宗教に魅力を感じるのか未知数です。厳しい意見を言えば、入信して魅力を感じなければその友人はきっと、二、三年続ければわかると言ったでしょう。

 私としてもここまでやって興味がわかないのだから恐らくその宗教とは縁がないのだろうと捉え、その友人にももうこれ以上はやめようと何度か伝えていたのですが、今年に入り友人がこの話題をするたびに机を叩きつつ激しく怒鳴ってまでその宗教の正当性や優位性を主張するのを見て、

「きっとこの友人は、俺がその宗教に入らないでいつづけることを許容できないのだろう」

 という風に思うに至り、もはやお互いに会っても不毛な議論が続くだけだからと言って絶交を告げました。

 この話で私が何を言いたいのかというと、自分と違う思想を持つ相手に対して、殴られたり蹴られたりといった直接的な被害を何も受けていないにもかかわらずその存在を認められない人間というのは、私自身にとって最大の敵である「多様性を壊す存在」に当たるということです。もちろん限られたパイを取り合う、政策の意見が対立するなど実生活に関わる思想の対立はあってしかるべきですが、別にその相手が自分と直接的に関わりあうことがないにもかかわらずその存在を許せないという人間というのは、私は本質的に邪悪だと考えています。この辺の詳細はまた次回に。

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この記事に対するコメント
琴欧州
価値観を強制する人っていますよね。自分は自分、他人は他人という考えができないのかもしれません。
価値観の入り込む余地のないこと(犯罪をしてはいけない等)もありますが、ほとんどの事は個人の価値観次第で、何が正しいとも間違いとも言えないと思います。
【2008/12/27 13:45】 URL | #- [ 編集]


 昔ほどではないにしろ、ほんとどうでもいい意見の違いに異様にこだわり、相手の考えを自分の意見に従わせないと気がすまない人間には散々苦しめられてきました。逆に最近だと、あからさまに私と相手で意見が全く異なっているにもかかわらず、「でも君の意見も立場上理解できるよ。もうこれはお互いの歩んできた人生の違いだろうね」と、自分の意見の根拠を言うだけ言って、それでも考えを変えない私に対して最後まで共用せず、きちんと互いの考えを尊重しあえる友人が増えてきて、世の中捨てたもんじゃないなと思うようになりました。
【2008/12/27 17:30】 URL | 花園祐 #- [ 編集]


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