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花園祐

Author:花園祐
 歴史とインドを何より愛する現在20代の一匹狼です。専門は国際政治と中国語で、そのほか社会学なども扱っています。 連絡先 miyamakikai@gmail.com

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陽月秘話 出張所
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
人間の能力について
 自分はよく人に対してこのブログでの内容のように政治やら社会問題について解説するとよく、
「君は本当に頭がいい。それに比べて自分は……」
 という風に言われることがたびたびあります。まぁ自他共に認める自信過剰な性格を私もしているので自分が頭がいいと言われても、「当然でしょ」と普通に思ってしまうのですがその代わり、そうして自分の能力のなさに嘆く相手に対していつも話して聞かせる内容もあります。

「昔、マラソンランナーの有森裕子氏の講演会に行ったのですが、彼女は今でこそ有名ですが大学時代はほとんど入賞もせず、本人も途中で浮気してトライアスロンとかやっていたのに、いざ体育大学を出る際にやっぱりマラソンをやりたいと思って必死でチームを探したらしいです。
 そこで小出監督のいた出来立ての社会人チームに行って必死で採用してくれるように頼んだそうです。そのときに小出監督は、自分は走る技術を教えることは出来るが、走りたい気持ちを作ることは出来ない。君は何の記録も持っていないがそのやる気だけはある、といって採用してもらったそうです」

 ここまで話した上で、

「自分も社会の見方や問題点ということはいくらでもわかりやすく相手に教えることは出来るけど、その教わる本人に聞く気がなければ何一つ覚えてもらえません。そして小出監督同様、そういった問題意識を作ることは出来ないので能力がないことは嘆かないで下さい。その問題意識さえ持っていてさえくれれば、私はいかようにも対応できます。逆に、能力があっても問題意識の低い人間というのは本当に最低です」

 というようにいっつも言っています。 
 実際、相手に対して動機を芽生えさせるという作業は非常に難しい作業です。しかし動機や問題意識さえ持っていてさえくれれば、やはり吸収がいいというか、知識を覚えてもらうのに手間がかかりません。好きこそ物の上手なれといいますが、やる気と人間の能力というのは私も比例すると思います。

テーマ:ブログ - ジャンル:ブログ

留学について思うこと
 今日靴下買いにイトーヨーカドーに行った際、帰りに寄った本屋の新書コーナーにて、なんだっけ、確か「間違った留学」というようなタイトルの新書が出ていました。簡単に前文を立ち読みした程度でしたが、具体的な内容はただ留学に行っただけで語学力が身につくと思ったら大間違いだ。きちんと留学先の学校などを調べ、プランを立てないといけないという具合で話が進んでいます。

 この本の対象としている言語は英語だけでしたが、私自身は中国への一年間の留学経験もあり、現在も中国人留学生の友人とそのお母さんとで、中国株について熱い議論を中国語で交わす程度の語学力を保持しています。
 ただそんな私も、留学に行く前に一通り中国語の文法などを学んではいましたが、聞き取りも発音も今から思うとシャレにならないほど未熟でした。本当に留学に行けば中国語が身につくのか、そりゃ結構不安でした。まぁ別の中国人留学生からは、一年も行けば誰でも出来るようになると言ってくれたのですが、中国語は知っている人もいるかもしれませんが、発音だけなら世界屈指の難易度を誇る言語で、日本語みたいにうまくいくかどうかという心配もありました。

 そうして出ていたった中国留学でしたが、個人的に「いける」とはっきり感じたのは半年を過ぎた辺りでした。それこそ最初の一ヶ月なんて目の回る日々でしたが、それを過ぎて三ヶ月もすると一通り生活面での苦労はなくなり、そして半年も過ぎると、さすがに電話での航空券予約などは出来ませんでしたが、まぁ面と向かい合って話す分なら苦労は全くなくなりました。一部知らない単語が出ても、中国語で「それって何だっけ?」と聞いて教えてもらえばすぐわかる程度ですし、辞書さえ持ち歩けばもはや怖いものなしでした。

 とはいえ、一緒に学んでいた中には、「あと一年で君みたいなレベルにいけるかな」と、まだ不安を抱えている友人もいました。まぁその人は何も中国語を学ばないで来た人でしたが。
 結論から言うと、まぁ一年も行けば何とかなるというのが私の実感です。それに英語だったら中学校から習っているんだし、中国語ほど苦労しないと勝手に思ってます。もっとも、私自身はイギリスにてブリティッシュイングリッシュに苦戦しましたが。

 最後に、これから留学を考えている人に言っておきます。不安はあるでしょうが真面目に現地でまとまった期間を勉強すれば、必ず語学は身につきます。ただ現地でふざけていると、そうはいかないのでちゃんと授業には出ましょう。

テーマ:留学 - ジャンル:海外情報

世界の目から見た場合
 自分の専門は何かと聞かれた場合、真っ先に答えるのはプロフィールでも書いてあるように国際政治学です。といっても全部我流で考えているのであれこれ基礎的な理論はといわれても何もわかりませんが、それでも敢えて重要な概念はというなら、「相手からの視点」を挙げています。

 昔から孫子でも、彼を知り、己を知れば何とやらとありますが、この考え方を援用して、私はよく周りに相手は自分のことをどう思っているかを考えろと教えています。まぁ教えている本人自体が周りの目を気にしない性格なのですが、国際政治学では特に重要な概念だと思います。

 その相手から見た場合、果たして日本はどう見られているのでしょうか。昔に受けた中学校時代の社会化の教科書には、世界の教科書の中の日本の紹介がありました。その紹介内容というのは大体どこも似たり寄ったりで、たいした資源もないのにすごい経済力がある国、というような紹介です。

 と、このように教科書に書いてはいるものの、実際に外国人は日本をどう思っているのだろうか。これは以前から私が疑問に思っていたことでした。そこで、中国の留学中にあれこれ外国人に対して、日本人への評価はどうだとしつこく聞きまわりました。
 まずルーマニア人の場合、先ほどの教科書の説明と同じく資源が少ないながらもたいした国だという評価らしいです。その上で日本の武士道も伝わっており、律儀でまじめな国民と考えているようです。ただこのルーマニア人が言った中で重要だったのが、日本はアジアの強国ではあるが最強国ではない、という内容でした。彼の言によると、アジアの最強国家はやはり中国であると、ヨーロッパの目ではそういう評価になっているそうです。
 まぁ実際に、軍事力や人口を考えるとそう考えるのが自然ですが、やはり日本は中国に順ずる、経済力に特化した国というような見方をされているようです。

テーマ:雑記 - ジャンル:政治・経済

書評「環境問題はなぜ嘘がまかり通るのか」
 前々から少しずつ匂わせてきましたが、ようやく著作の本を読んだのでここでも取り上げようと思います。その著者の名前は武田邦彦氏、関西在住の方なら「たかじんのそこまで言って委員会」という番組ですでに見かけているかもしれませんが、中部大学の大学教授です。

 この人がどういう人なのかというと一言で言って、「世の中の環境対策なんて全部嘘っぱちだからやるな、信じるな」という人です。その考え方や主張は先ほどの番組の中や、彼の著作「環境問題はなぜ嘘がまかり通るのか」の一巻、二巻で思う存分展開されています。

 実はここで謝罪を兼ねて書きますが、前回京都市のごみ行政について書いた時に友人が、分別回収の方が実は環境負荷が大きいのではと指摘してくれたのですが、どうもそうらしいです。というのも、この武田邦彦氏の著作の中で、分別回収されたペットボトルはどこに行くのかというと、一旦廃棄物請負業者に金を払って受け取ってもらった後、大半は他のごみ同様焼却場に持っていかれるそうです。それならば単純に行政がぺっどボトルを回収した後そのまま焼却場に持っていけば、無駄なお金は必要なくなるだけです。なぜこんなことが起こっているかというと、それはいわゆる利権団体などのせいだと武田氏は指摘しています。今まで分別回収をサボってきたと前回私は非難しましたが、私のが間違っていました。

 もっとも調べてみると武田氏への逆批判も少なくないようです。特に先ほどのペットボトルの回収率、リサイクル率の数字結果は偏向があると強く言われています。しかし著作全体で見ると割と根拠よく欠いてある上に、言われてみるとなるほどと思うこともあるので、ひとまずは私は武田氏を支持していこうかなと現状で考えています。

 その武田氏の著作の内容を部分紹介していこうと思うのですが、それよりやはりこのブログを読んでいる方にはぜひ本を手にとってみて、自分の目で読んでもらいたいです。良くも悪くも一読の価値はあると思います。

テーマ:書評 - ジャンル:本・雑誌

学問をするとは何を指す?
 先日、本屋で「昭和陸海軍の失敗」という新書を買いました。中身は文芸春秋で特集が組まれたときにすでに読んでいるけど、面白かったのでまた買いました。
 今日、本屋で佐藤優と田中森一の対談本を買いました。自分も好きだなぁと思います。

 さて今日のお題の学問をするとはということですが、結構ダイレクトにこれを聞いてもわからないという人が非常に多いです。たとえば、「君は何で社会学をやっているの? 何を持って社会学を学んだといえるの?」と聞いても、大抵はきょとんとして何も言い返してきません。その中で最も多い答えは、「社会学の知識を覚えることが、社会学を学ぶということかな」というのです。

 今日は短くまとめるつもりなのでいきなり結論ですが、学問を学ぶということはその学問領域ごとの考え方を見につけるということだと、私の中国語の恩師が教えてくれました。たとえば経済学だと、いわゆる貨幣の流通過程を中心に社会を見ていき、社会学だと人間集団の行動動機から社会を見ていくようになります。さらに付け加えるなら法学は法の影響力、拘束力から、政治学は権力からで、このように思考の着眼点や組み立て方、そういったものをどこにおくかという考え方の習慣を身に着けることすなわち学問をすることと話を聞きました。その上で言ってしまえば、各学問領域の専門知識というものは後付のようなものです。もちろん、こちらも疎かにしてはいけませんけど。

 そうして考え方によって分かれる学問領域なのですが、これについて別の恩師は、ある程度その学問の大家となると、別の学問の大家にもなってしまっていることが多いとも言っていました。それこそマックス・ヴェーバーなどは社会学、政治学両方の大家ですし、マルクスも経済学、社会学、哲学の大家です。ゆえに、究極的には学問領域というのはあってないようなものらしいですが、ひとまずはそれぞれの専門を身に着けることからはじめないと、どうもピンときませんね。
 ……短くまとめすぎたかな。

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

犯罪は何から生まれるのか
 先日、夜のニュース番組にてある犯罪がアジアに波及しているという特集が組まれていました。その犯罪というのも、オレオレ詐欺です。

 場所は台湾ですが、なにもここだけに限らず他のアジア国家にてこの手の犯罪が横行しているらしく、どうもその根源は日本らしいです。実際、日本でこの犯罪の手法が確立されたことは間違いないでしょうし、文字通り犯罪が輸出されたと見るべきでしょう。

 と、そんな状況を憂うのが今回の本題ではありません。実は社会学の中には逸脱論というものがあり、何をもって社会の逸脱、いわゆる犯罪行為が発生、実行されるのかを研究する科目があります。
 自分はあまり詳しくはないのですが、一つの推論として犯罪者予備軍があります。たとえば不良の集団に年齢の若い層が新たに入ることで、すでに確立された犯罪方法(万引きや引ったくり)を先輩が教え、犯罪が継続されるというような、言っててどうでもいいくらい当たり前ですけどね。

 自分がちょっと注目しているのは、犯罪に流行性はどの程度影響するかです。たとえば、欧米からストーカーがという言葉が始めて日本にやってきたのは確か93年か94年くらいです。私が始めてこの言葉を聴いたのは「世界まるみえテレビ特捜部」という番組にて、海外で異常な犯罪があるぞというばかりに紹介され、その後ドラマが作られたり実際に桶川ストーカー殺人事件が起こりましたが、最近はめっきり死語の部類に入ってきましたね、これも。

 私が何を言いたいかは勘のいい人ならもうお分かりでしょう。要するに、犯罪方法や犯罪名が報道されるたびにその手法の犯罪が流行するのではないのかというのが私の仮説です。もちろん私自身、真面目に信じているわけじゃありません。それこそ単にその犯罪が注目されるようになり、それ以前からあった犯罪が急にテレビで報道される回数が増えるとか、何度も起こるから社会で一般化して逆に報道されなくなるとか。前者だと先ほどのストーカー、後者のだと集団自殺という例があります。

 しかしそれでも注目される当初はかつてあったピッキングや今回のオレオレ詐欺のように模倣犯が続出することは間違いないでしょう。問題はすでに一般化した犯罪が何かの拍子に大きく取り上げられ、それが波及するかどうかです。時間と資金があれば、あれこれ私も研究できるのですがね。
 敢えて今挙げるとすれば、一家心中と通り魔がこのところよく報道されています。別に報道するなとは言いませんが、どのように報道するかは、今回挙げた話を研究することでわかってくるのではないかと思います。

テーマ:ブログ - ジャンル:ブログ

福田発言から一夜明けて
 今日はちょっと風邪気味でやけに今眠いです。今日はこの記事の後にまたもう一本書く予定なのになぁ。

 それで本題のガソリン税問題です。今とっているのが朝日新聞なのでそれしか見ていませんが、社説にて朝日は今回の福田首相の一般財源化発言を肯定的に評価しています。停滞した議論を復活させるいい契機で、今度は民主党の側が答える番だとまとめていましたが、的確な評論だと私も思います。
 しかし肝心の民主党は今日の夕方に小沢代表が記者会見にて今回の提案を拒否し、あくまでガソリン税の完全撤廃を求めると主張しており、早くも暗雲が垂れ込めています。
 その一方で、ガソリン税を含む暫定税率法の中の、ガソリン税をのぞいた資産種痘税の減免措置などの付随した内容については夕方、与野党が協議してひとまずはさっさと通すことを決めたようです。これもなかなか評価できる内容でしょう。

 昨日はこの一般財源化の言及が色々理由はあったにせよ遅すぎたと私は批判しましたが、ひとまずこうして自体が動くようになったという意味では福田首相を評価できそうです。ですが昨日も指摘したように、自民党内部でもこの発言に疑問を呈す議員が数多くいるようで、自分が見た限り、幹事長の伊吹文明氏は中立的で首相に言われればまぁ支持するという立場で、逆に谷垣と古賀は真っ向から反対するようなそぶりを見せています。なんでも今回の発言はこうした自民党役員に無断で、官房長官を排しての異例な記者会見で首相自らが発表するというものだったらしく、発表の最中に谷垣などにも連絡が行って相当連中も慌てたそうです。この後、確か明日か明後日にもまた福田首相は国民に向けて説明する予定があるということから、小泉元首相のやり方を踏襲するのかと思います。

 対する民主党は小沢代表や鳩山氏がやはり完全撤廃でないと協議に応じられないとしながらも、若手議員の間では一般財源化の方が地方財政にも情報の透明性についても望ましいという議員も多く、こちらも一枚岩ではなさそうです。またこれも昨日に言及しましたが、何でもかんでも突っぱねていると民主党への逆批判、早くも朝日新聞がちくりと突いてきているのですが、そういった今度の選挙にも影響しかねない反動が予想されるので、まだまだ動きを注視する必要があるでしょう。

 最後にとりとめもないことをいくつか。
 スポーツ新聞の見出しは大体が「殿、ご乱心か」といったようなものばかり。小新聞とは言え、もう少し頭のよさそうな見出しは考えられないものでしょうかね。
 それと、まぁ取材しても何も出てこなかったとか何もしゃべってくれなかったからかもしれないですけど、自民党のほかの大物議員の反応をどのマスコミも取り上げてくれなかったのは残念です。たとえば一般財源化を推進してきた安倍前首相、そしてそれにくっついていた麻生氏、最初に主張した小泉元首相。まぁ公明党の幹部の反応を取り上げてくれただけでもまだマシか。

テーマ:政治のニュース - ジャンル:ニュース

相続税についての考察
 さてさてまた余談から。ちょっと更新が遅れていたのと、北陸行っている間にあれこれ考えたので今日は書くことが多いです。それと北陸行ってたもんですからホームページも全然進まず。ただ、ホームページの方でやろうとすることで、一部の友人には伝えていますが、政治家やらマスコミの格付けなんかをやってみたら面白いんじゃないかと試行錯誤して考えています。
 アメリカなんかでは個人がそういう格付けやら数学的データに基づいた分析をしており、レッドソックスはある野球好事家が個人で作ったプロ野球選手の成績分析を元に、表向きはぱっとしないけどその分析計算で優秀な成績を出したことから岡島投手の獲得に動いたといいます。最近好調の日ハムも、外には出せないらしいですがチーム内で独自の評価方法というものがあり、そこからマイケル中村を獲得したようです。そんな風なホームページが出来たらいいなぁ。

 それでここからが本題です。この相続税についてですが、多分自分を含めた若い世代はほとんど意味がわからないと思います。実際に以前に自分が関わった調査でも、「日本は相続税の税率を上げるべきでしょうか?」という質問で、回答率が一割強程度と、無回答に近い回答が続出しました。
 その相続税ですが、単純に言って格差是正に最も強い効果を出す税率でしょう。なにせ生前の財産を丸ごと国が持っていくのですから、どうせ取られるならとしてそういった財産は消費に使われますし、また一部の特権階級が長続きしないようになります。日本ではこれで華族が没落し、聞くところによるとインドのマハラジャも大部分やられたといいます。

 そしてこの相続税、詳しい税率やら計算方法も私は知らないのですが、これも人づてに聞いたところ日本では三代続けて相続した際、元の財産はすべてなくなるというほど高い税率で、ヘタすれば世界で最も厳しいのではないかという声すらあります。
 私自身、周囲も認めるくらい金に頓着がない人間で、格差是正論者ということもありこの高い相続税を日本人としてこれまで誇ってきたのですが、どうもこのところは疑問を持つようになりました。

 きっかけはまた内輪ネタになりますが、労働経済学の某K先生と話をした際にイタリア人の生活について聞いたことでした。イタリアというとGDPでみると日本の半分以下、確か東京一つ分と同等くらいで、個人の月収も日本人と比べて確実に低いらしいのですが、その先生によると、イタリア人は持ち家率が高いため、彼らの資産などを考慮して生涯の生活水準を計ると、どうも日本人と同等になるらしいというのです。

 言われてみると、日本は姉歯騒動の際でも取り上げられましたが、日本の家屋は基本的にはビルト&スクラップで、将来壊すことを前提にして造られており、それがこの事件を生んだ原因だと専門家が指摘していました。確かに、日本は地震が多くて徒然草の頃から家屋は仮の住まいとして、何世代に渡って同じ家を使用し続けるという感覚が現代では希薄な気がします。高度成長期は夢のマイホームと言っては住宅ブームにもなりましたが、冷静に考えると、壊して何度も造り直すより、丈夫で何世代も住める家を作った方が社会的にはプラスなのではないかと思いました。そりゃ確かに造る時に金はかかりますし、出来た直後に火災にあったり地震にあったら災難ですが、壊しては建てを繰り返すより資源の有効活用にもつながるし、なにより無駄な労働力を割かずにすみます。そしたら土建屋が苦しくなるという反論もありますが、イタリアをはじめとしたヨーロッパで土建屋達は、どちらかというと新築よりリフォームで生計を立てる人が多いと聞きます。そのように、リフォームを繰り返して何世代に渡って住める家の方がどうもよさそうな気がします。

 そこで今日の本題です。恐らく、相続税がかかる際に最も費用負担が大きいのはこの家屋でしょう。それこそ東京の土地家屋を親から引き継いだら、いきなり数千万近い費用を国税局から徴税されるでしょう。もちろんそんな現金をすぐ用意できる人なんてそういませんから、大抵は物納、つまり土地と家屋を国、もしくは不動産屋に差し出して税金を納めるそうです。
 まぁこうすれば確かに格差是正に効果はあると思いますが、やはり子供の頃からずっと育った家などを税金のために差し出すというのは少し酷な気もしますし、そうして差し出した家は大抵はその後壊されて、新しい家が建つかビルが建つかになります。で、出てった人はまた別の家に住む。なんか馬鹿馬鹿しくないでしょうか。

 結局はそうして新しい家に入る為にまた莫大なお金を費やすのです。まぁ借家という手もありますが、これだって元の家に住み続けられれば財産税はかかりますが、借家の家賃より安い場合はその分はそのまま生活費に回せます。しかも高齢者の場合は働くことが出来ないため、借家で家賃を払い続けていると、生活が困窮する可能性すらあります。

 そうして考えると、この相続税というのは果たして格差是正につながるのかどうか怪しく思えてきました。特に生活保護受給者が増えている現代、衣食住の一角を担う家屋については若干の議論が必要なのではないでしょうか。そして何世代に渡って使える耐久力のある家屋を造る事によって、うまくすれば防災に役立つかもしれませんし、単純に家屋倒壊が起こらなければ、被災生活を送らずにすみます。しかしそんな家を造ろうとすると最初にお金がかかるし、また将来の相続税も高くなる。そんなの、誰も造りやしませんよ。

 なので、防災の観点から高い価値のある家については相続税を減免するのは一つの手だと思います。というより、この家屋については相続税からはずすべきかもしれません。実際に欧米では、「家庭に国家が介入すべきでない」として、相続税を取っ払っている国が増えてきているそうです。
 この相続税は下手をしたら個人の安定した生活を壊してしまう可能性すらあるので、ひとまず改正すべきだと思います。私なら、格差是正は守るため、相続税の範囲を家屋などの固定資産を控除して、証券や現金などの流動資産に限って税金をかけるようなのでいいと思います。結局はそれで消費は促されるのだし。

 今日のはトピックスが決めづらいので複合です。たまにはありかな。

テーマ:税金 - ジャンル:政治・経済

くどいけどガソリン税問題
 内輪ネタですが、この前友人に別の友人が自分のことをZガンダムのパプテマス・シロッコだと言っていたと教えたら、彼ってまんまシロッコやんと納得してました。

 そんなどうでもいいネタはともかく、ガソリン税を代表とした暫定税率問題です。今日先ほど、福田首相が来年から一般財源化すると記者会見で明言しましたが、はっきり言って遅きに失した判断といわざるを得ません。それこそまだガソリン代がリッター130円くらいにまで下がっていれば現状維持でも国民はなぁなぁで納得したかもしれませんが、現在に至っても原油価格は上昇する可能性を孕んだままで、特に運輸業者は倒産ぎりぎりまで追い込まれ、一般消費者に至っても各商品の値上がりを受けてこの問題に対して注目をはずしませんでした。
 それこそ、日銀総裁問題でガタガタしている暇があったら、こちらの一般財源化の約束をせめて三月上旬にまで行っていれば、民主党が協議に応じなくとも専門家や解説家などから逆批判が起こり、自民党側に風が吹いた可能性もあったと思うのですが、なにも期限切れまで一週間切ってからこうして動くなんて、昔好きだっただけに福田首相にはつくづく残念な思いがします。まるで初恋のあの人に振られるみたいだ……。

 もっとも、この段階になって福田首相が動いたには各所からも言われているように理由はあると思います。一つは間違いなく支持率の低下です。最終的には協議の応じようとしない民主党へ逆批判が起こるとにらんでいたのが全然逆の結果になり、焦りを覚えたという、以前にも紹介した理由ですがこれは間違いない事実でしょう。現在のまま支持率が低下し続ければ、選挙さえしなければ議席は減ることはないにしても、かつての森喜郎元首相のように自民党内部から福田降しが起こりかねないところまで来てしまいます。
 もう一つの理由が、最後まで古賀誠を筆頭とする自民党の道路族議員を説得できなかったという話です。福田首相自体は支持率低下を防ぐために一般財源化を考え始めたにもかかわらず、道路族議員がそれなら降ろすぞと言わんばかりに圧迫をかけて、それでなかなか言い出せなかったという話がちらほらされています。これも信憑性のある話で、私が思うに今月中旬の政治家のパーティーにて小泉元首相が、「首相が一声挙げれば党はそれに従わざるを得なくなる。一般財源化すべきだ」と発言したのは、福田首相へのメッセージだったのかと思います。実際に今日このように動いたことを考えると、背に腹はかえられなかったということですかね。

 最後に私の考えを披露すると、やはり現段階で税金を廃止していきなりガソリン代25円値下げをすれば、各所で大混乱になると思います。実際にガソリンスタンドは値段の高い状態で仕入れたにもかかわらず、四月一日からは値下げしないと競争に負けるとして戦々恐々し、自動車の所有者達も、値下げを待っているのかこのところガソリンを入れるのをわざと控え、運送会社に至っては今週中は仕事をしないで値下げをひたすら待つというところまで出ているそうです。
 ですから、多少問題はあるとしてもいきなり廃止するべきではなく、税率を維持したままでできれば今年度中から一般財源化、もしくは目的外に金を使った官僚への厳正な処分と引き換えに福田首相案の来年度からの一般財源化が望ましいと思います。その上で、この異常な原油高に配慮してこの税率を徐々に下げていくのも一考の価値があるでしょう。たとえば、来年度から一般財源化する際に現率25円を20円にするとか、徐々に下げていくことにより社会への混乱を防ぐ方法もあるので、そういった案を民主党が提案すれば、それなりに有用な協議になると私は思います。

 にしても、桑田が引退か……。ちょうど去年、かなり身の回りの状況が悪かっただけに、彼のメジャー昇格がすごい励みになったので、さびしい限りです。しかしコーチなどが向いてそうなので、これからはそちらの方面でがんばってほしいですね。

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北陸旅行記
 ここ数日更新があきましたが、実はちょっと時間もあったので、前から行こうと思っていた北陸に昨日まで行っていました。

 最初の行き先は金沢で、東京から4400円で高速バスを使っていきました。金沢は両親が昔に住んでいたことがある場所で、北陸の観光地としても有名なことから前から行こうと思っていたのがようやく実現しました。
 で、その中身ですが、まず朝早くにレンタサイクルを借りて金沢中を観光しました。金沢自体は小さい街なので、郊外に行かなければ意外とこれで十分見て回れました。ただ、借りたレンタサイクルがえらくぼろぼろで、ブレーキパッドも完全に磨耗しておりガクンガクンと停止するので、ちょっと難儀でしたね。
 一番面白かったのは妙立寺という、通称忍者寺というところで、加賀藩のいざというときので白として作られたため、寺中に仕掛けがたくさん施してある建物で、それこそ案内なしに入ったらいきなり落とし穴にはまってしまいそうな面白い所でした。

 そんな金沢は半日である程度堪能したので、この次は富山へと電車で向かい、そこで富山城跡を見学し(佐々成正の説明があってよかった)、夕方には今度は新潟行きの高速バスを拾い、新潟までの途中にある、燕三条駅で降りました。このバスの料金は4500円なり……。
 そこのビジネスホテルで一泊し、その次の朝には電車で今回のメインターゲットにしていた長岡へと向かいました。この長岡は河合継之助や山本五十六の出身地ということもあり、前々から興味を持っていて望んだ場所でしたが、先に結論を言うと、町全体の区割りが非常によく出来た街で、また市民団体と行政による連携がある程度なされており、町全体をパッケージとしてよくまとめられたところでした。特に感心したのは、一筆書きのように長岡駅から主要な観光地(山本五十六記念館など)を回るルートが作られており、同時に商店街などもさりげなく通るように工夫されてました。ちょっとシャッター街っぽかったけど。

 以前に「国家の品格」で有名な藤原正彦氏が、「天才が生まれる場所には法則がある。それは自然にあふれ美しい景観が必要なのだ」と、出身人物には地域性が現れるようなことを言っていましたが、確かに何かしら面白い人材が生まれそうな場所だと、この長岡に関して私も思いました。あ、河合継之助の墓はうわさ通り、ぼろぼろでしたよ。あと観光案内所で一緒になったおっさんが案内書の人に、「来年の大河が直江兼次に決まって、忙しいんじゃないか」といったので、「っても、主演が妻夫木ですからどうですかね」と私が返したところ、「いや、謙信は美少年好みだったからいいんじゃないの」と返された。やるなぁおっさん。

 その後、昼過ぎに長岡を出て、ゆっくり鈍行列車を使って東京に帰ってきました。新幹線なら一時間半くらいのところを六時間もかかったよ、しかも料金も4500円くらい。最初のバス代は安かったなぁ。

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広告の価値とは
 まず最初にお詫びです。作るといっていたホームページはまだ出来ていません。なんせ初めて作るし、それ以上に「三山木会」で具体的に何をするかを決めていないというのも、ホームページの方向性が定まらない原因かもしれない。

 そんな前置きをしておいて、今日のネタです。その名もずばり広告の価値です。
 実は今日テレビを見ていたら、現在公開中の映画「ライラの冒険」のテレビコマーシャルがありました。内容は多分言えばわかると思いますが、例の映画館から出てくる人のインタビューをして、「面白かったです」とか、「ちょーわくわくしたっ」と観客が感想を言うのを写したCMでした。この手の話題は以前からある友人と何度もやっているのですが、正直言ってこの手のCMを見るたびに、余計にその映画を見たくなくなることの方が多い気がします。
 しかしこれはあくまで私個人の感情だと思っていたら、もう結構前ですが確か七年位前の調査で実際に街を歩いている人に聞いてみると、私と同じように見たくなくなると答える人が多かったらしいです。にもかかわらず、この「ライラの冒険」に限らず映画内容より観客を写すCMが未だに続けられるのは何故なのでしょうか。

 一つの理由が、広告効果がはっきりしないということです。たとえば、なにも広告するまでもなくその映画が非常に優れた作品だった場合、口コミでその内容が広まり、実際のCMなどがクソであったとして売れてしまいます。その場合CMで逆効果を生んだとしてもセールス的には大成功になってしまうので、そのCMが失った観客数は結局わからずじまいです。
 同様に、複数の広告を利用した場合もあります。たとえばCMが逆効果を生んだとしても、その他の評論などでそれを穴埋めする効果が生まれ、結果的には作品が売れる。これでも、たとえ駄目なCMだったとしても誤解を生む原因になります。

 実際にテレビコマーシャルが完璧な逆効果を生んでしまった例として、テレビゲームの「ワンダープロジェクトJ2」の例があります。このゲームのCM内容はなんと、プレイヤーの俳優が画面の上のヒロインにキスをしようとする、いわゆる「ギャルゲー」を連想させる内容だったらしく、実際のゲーム内容は高く評価されているにもかかわらずそのCMにドン引きした人が多かったのか、売り上げ面で非常に低迷してしまったらしいです。

 とこのように、広告はただ商品を広める一方で、逆にその作品に対して嫌悪感を生むといった逆効果も作る可能性があることについて語ってきました。最近では失言騒動を起こした幸田クミ関連でCMの自粛騒動が生まれましたが、ここで一つ槍玉に挙げてみたい、というよりも現実にテレビ業界で起こっているCMの費用対効果及びテレビのスポンサー料についてさらに言及しておきます。久々に今日は長くなりそうだ。

 最近、テレビをよく見ていて気づく人は気づいたかもしれませんが、以前はCMの花であったお菓子業界のCMが一時期と比べ随分減っています。これは実際に広告会社に勤務している人間から聞いた話ですが、以前と比べてテレビでCMを打っても売り上げ上昇につながることが少なくなったらしく、テレビ局側に支払う広告料に見合わなくなったとお菓子会社が見切りをつけたことが原因らしいです。
 この動きはなにもお菓子会社だけに限定されるわけでなく、各企業で同様の見解がもたれているらしいです。この動きに拍車をかけたのは言うまでもなくインターネットで、昔と比べて電話番号やら料金説明をいちいちCMの短い時間で目いっぱいやるまでもなく、ホームページを持つことで十分に代替出来るようになったのが、このような変化を生んだといわれています。

 そしてこれは確か2005年の12月にどっかのブログで書かかれていた内容なのですが、そこではもっと極論を言って「テレビコマーシャルはもう何も効果を生まない」とまで言っていました。その人の根拠はこうで、当時松下のガスファンヒーターのガス漏れ問題が起こり、松下側が年末商戦を控えた時期に回収を行う旨だけをCMで延々と訴えて他の商品の紹介などは全くしていなかったのに、松下製の他の家電売り上げが上昇したからだと言っていました。また、実際にそのブログの作者自体も、テレビCMを見て買い換える車を選ぶことはないとして、実際にはカタログやらディーラーに行って買うのだから、やっぱりCMはいらないんだと言ってました。まぁ案の定というか、コメント欄はこれらの内容に対して批判するものが多かったです。

 すこしCMの専門的な話をすると、CMには大別して二種類あり、商品を視聴者に告知するアピールCMと、その商品もしくは販売製作している企業のイメージをよくするイメージCMの二つに分けられます。それぞれ例を出すと、お菓子会社とか旅行会社がしているのはアピールCMで、先ほどの松下の例などはイメージCMに当たります。もちろん、中には両方を兼ね備えているのも少なくありません。
 そういう目で見たら先ほどの松下のCMの場合、会社のイメージアップが商品売り上げに影響したので実際には広告効果があったと言えます。ほんと、あのブログの人は広告の基本すら知らなかったんだろうな。

 しかしそのブログの作者を弁護するなら、テレビコマーシャルは費用対効果で見たら薄いという点を考慮すると、やはり一部の商品についてはCMの価値はないと私も思います。私もこの辺りは詳しくはありませんが、一回15秒のCMを番組の間に挟むのにそれこそ一回数百万単位、場合によれば数千万単位のお金が必要になります。果たしてそんだけ払っていて実際に数千万円以上に商品の売り上げが増加するかといったら、いまどきのひねくれた世の中じゃちょっと期待できません。そういう風に思い切っちゃう企業が増えた結果、スポンサー企業はこのところ減少の一方で、その分の穴埋めをちょっと前は消費者金融、最近はパチンコ屋がやっているのが現在の構図です。

 ではなぜこのような費用対効果が薄くなってしまったのでしょうか。もちろん先ほどに挙げたインターネットの普及が最大の原因ですが、もう一つの大きな原因といわれているのが、テレビ局側の価格設定にあると私は考えています。それこそ昔ならともかく、テレビ局は未だにCMの広告効果は大きいと主張し、なんでもスポンサー企業相手に高い価格設定で迫ってくるといううわさを聞いたことがあります。しかしスポンサー側も馬鹿じゃないので段々とテレビ局から離れていき、かといって振り上げた拳を下げきれず、テレビ局側は未だに高い広告料を設定しているという話らしいです。それこそ、国からの保護がなければ民法はとっくに潰れているという、先ほどの広告会社の人の分析です。

 ではテレビ局の経営は未だに安定しているのでしょうか。どうも遠くから見ていると、私はそうは見えません。これからデジタル放送にするための設備投資に資金がなお必要ですし、それによる多チャンネル化でただでさえネットの影響で下がっている視聴率はさらに下がります。そしてその高いプライドをかげながら支えてきた消費者金融はグレーゾーン金利廃止でゴールデンから撤退し、パチンコ屋の天下もいつまで続くことから。
 今本当にテレビ局がなすべきことは経営のスリム化だと思い、今日の投稿は終わりです。あぁ、本当に長かった。

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走れ、たいやきくん
 この前ぼーっとしていたら、なぜだかこんな文章が浮かんできた。

 たいやきくんは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の店のおじさんを除かなければならぬと決意した。
 たいやきくんには経営がわからぬ。たいやきくんは、純朴な屋台菓子である。あんこを食べ、鉄板の上で焼かれて暮して来た。けれども嫌になっちゃうことに対しては、人一倍に敏感であった。

 なんか、疲れているのだろうか。

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99年の社会
 昨晩、前から読み返そうと思っていた公民の資料集を読み返しました。この資料集は1999年に発行されたもので、なにげにこういった時勢を読むのに非常に適した資料でもあることから、かねてより保存していました。

 まず一読してみて目に付いたのは、この時期すでにトヨタのプリウスについて記述がありました。このプリウスはハイブリッドエンジンの実現により、他の車と比べて劇的に燃費効率を向上させた車ですが、このプリウスを環境問題と絡めてすでに言及していたのがなかなかに印象的でした。ちなみに、プリウスの発売当初のキャッチフレーズは、「20世紀に間に合いました」ですが、個人的には「ハイブリッド車が量産の暁には、米ビッグスリーなど一瞬で叩きのめしてくれるわ!」と、ドズル閣下ばりの勇ましさがほしかったです。
 資料集全体で見ると、なんかやたらと人権に関する記述が多かったのも目に付きました。まぁそういうところが出しているのかもしれませんが、「部落出身だということで内定を反故にされた」とか、成田闘争について書かれているとか、全体的に左傾な記述が多いです。といっても、問題があるほどでもないですが。
 また日本の問題点として、低い投票率や過労死なども取り上げており、なかなか当時の社会問題がうかがえます。
 逆に、今じゃ全く評価が変わってしまった記述で、わざわざ元社長の藤田田のインタビューをのっけて、マクドナルドのハンバーガー半額キャンペーンも取り上げていました。この時、マクドナルドが全盛期だったからなぁ。

 総括として、まぁ生徒向けに簡単に作っているというのもあるでしょうが、当時問題だとされた部分は、案外今になってもかわらず問題であり続けているような気がします。十年近くも問題を何も解決してこなかったということなのでしょうかね。

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チベット暴動事件の報道について
 今盛んに取り上げられているチベットの暴動事件ですが、事件本体については今だ情報不足の勘が否めないので取り扱いません。もう少し報道の様子を見るべきでしょう。

 その報道のされようですが、当初ダライ・ラマ14世の声明が日曜日に至るまでなかなかでなくてやきもきしてましたが、最後には出てきてほっとしました。その日曜日の新聞ですが、これが結構面白く、新聞によって差がありました。
 まず読売新聞、ここは一面にでかでかと写真つきで報道。事実、今回の事件は五輪前を控えた中国における人権問題に関わる事件なので、これくらいの扱いが必要でしょう。それに対して朝日新聞、一面は一面だが、センターをはずしてちょっと端の方で並に報道。一番でかく、真ん中に持ってきた記事はどうでもよさそうな社内調査の結果だった。調査内容は各自治体の温暖化に対する姿勢調査だったが、はっきり言ってこんなのいつでも出せるじゃん……。普段は人権人権ってうるさいくせに、中国にはやけにやさしいよね朝日って。

 さらに書くと、確か先週の水曜日だったと思いますが、これまで人権侵害国と名指して批判してきた米国がその日になって中国を侵害国リストからはずしてました。その背景には五輪前に刺激しないようにという配慮があったようですが、なんか見事に裏目に出た気がします。ちょっとアメリカさんはが可哀想です。

 ついでに書くと、もうロンドンでは市民団体が中国大使館前でシュプレヒコールをしていたそうです。この問題に限らず、日本人ももっと行動力があってもいいような気がする。

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プロ野球ストライキ事件の価値は
 一応、今は各労働者団体が行う春闘の真っ最中のはずです。しかしこのところは経営者側の力が強くて、これらの春闘も形式的な意味合いの方が強いような気がします。それに続いて、このところはストライキもめったに行われなくなりました。
 そのストライキ自体についても語ることは山ほどあるのですが、今日はちょっと思い出したのもあり、2004年に起こったプロ野球ストライキ事件について解説します。

 2004年、当時近鉄とオリックスの合併問題が巻き起こり、それに乗じて一リーグ制への移行やらライブドアの球団買収名乗り上げ、ついでに西部とダイエーも合併するとか、果てには現楽天の一場選手の不正スカウト問題と、この年は野球界の問題が一挙に噴出した年でした。
 そんなあれこれ問題を抱える中、合併問題にオーナー側の横暴がひどすぎると、当時の選手会会長であった古田前ヤクルト監督が試合のストライキを決断し、結果的にその行われた一日は試合がなくなりました。

 このストライキ問題、各所であれこれ議論を呼びましたが、私の結論から言うと非常に価値のあったストライキだったと思います。その理由も、まず選手会側の主張どおりチームのオーナー達は当時の近鉄の後処理についてライブドア側の声明は完全に無視、一リーグ制へ無理やり舵を取ろうなどと、選手達の意見は全く無視して突っ走っていました。さらにスカウト問題なども引き起こし、結果的には金のあるチームが得するようなドラフト制度に変えていこうなどと、消される側の近鉄球団の選手達から見たら非常に横暴な態度だったように思えます。
 それがストライキを起こすことによってひとまず話し合いの場が作られ、そしてドラフト制度改革、二リーグ制の維持、、セパ交流戦の開幕、果てには楽天新球団の参加と、最終的になかなかいいところへと双方、話が落ちた結果だと思います。

 特に一リーグ制へ移行しなかったのが非常によかったと私は考えています。当時オーナー達は、観客の少ないパリーグの球団を一リーグにして救ってやるんだというのを金科玉条のように唱えていましたが、この年から導入されたプレーオフ制度、そして新庄選手の日ハム入団などと、この年からパリーグのチームも非常に注目されるようになって行きました。特に日ハムは2004年に札幌ドームに本拠地を構えてから毎年経営黒字を出し、同様に仙台で産声を上げた楽天球団も毎年利益を出していると聞いています。皮肉なことに、本来救ってやるはずだったセリーグの球団の方は視聴率低迷にあげき、経営が前以上に苦しくなったところが増えているらしいです。実際、私もこのところはパリーグの試合結果の方が気になるようになったし。

 しかし後から思い返してみると、当時のニュース報道はやはりオーナー側に偏った報道だった気がします。テレビ番組などは球場近くのコンビニを取材し、弁当の売り上げが落ちるといった店長のため息を流し、どちらかというと選手側を暗に批判しているような報道でした。私が見る限り、選手側のほうが正当性もあり、理屈も通ることから本来マスメディアの人間は中立をとるだけでなく、もっと選手達を応援してあげるべきだったと思います。まぁTBSは無理なのはわかってるから無理強いする気はないけど。日テレはどうだろうかなぁ、ここも無理かな。

 それにしても今じゃスター選手はみんなパリーグのチームにいる気がします。ダルビッシュに涌井、成瀬、億の置物の清原と、さらには注目ルーキーの中田翔。本気で、セリーグのチームは大丈夫だろうか。

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三山木会設立のお知らせ
 当初の予定通り、このブログと連動する形で私的な勉強会をインターネット上で作ろうと思います。勉強会の名前は「三山木会」で、スローガンは、「自由経済」でもなく「統制経済」でもない、その中間に当たる「規範経済社会」を目指すことでとりあえずやってこうと思います。

 特にあれこれやることを決めているわけじゃないのですが、ひとまずこれから私がホームページでも作って、そこで会員の考えや主張を論文にまとめ、公開し合うことを活動内容にして行こうと思います。
 発起人は私こと花園祐と、某K岡君です。K岡君なんて、無理やり引っ張ってきたようなもんだけど。

 まぁ試験的な意味合いも強いのですぐなくなるかもしれませんが、ともかくホームページが出来たらそれとなく参加者も募集します。ひとまず、そんなところで。

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三月政局について
 またえらく更新が滞った。昨日は所用で横浜まで行って、帰ってきたのは十時半だったし。

 それはともかく三月末の政局についてです。はっきり言って、現在の状況は予想外でした。というのも、今年の三月末にはガソリン税を初めとした特別税問題が山場を迎えるかと思っていたら、思いもよらぬところから日銀総裁人事問題がこじれにこじれ、現在に至っています。

 恐らく、このまま行けば明日で任期切れになる現日銀福井総裁がいなくなり、ひとまず代役を立てることになりますが、そうなってしまえば妥協する点がなくなるために、民主党はさらに強硬になるかと思います。一説によると、現在のような状況に入ってしまったのは、この総裁人事くらいはすぐ決まるだろうと鷹をクックっていた福田首相の判断違いによって、人気ぎりぎりになって問題が浮上したといわれていますが、私もこの説を支持します。どうも、昔の官房長官時代と比べて、政局を読む勘が鈍くなっているようです。このままだと、本気でガソリン税も片付ける時間がなくなり、四月に入ってガソリンが急に安くなり、福田首相の責任論が浮上してきて、民主の思惑通りに四月選挙に至るかもしれません。

 それともしかしたら明日辺り、自民党の議員が民主党がごねることに対して、
「日銀総裁が決まらないという状況が世界のトレーダーを失望させ、株価を下げさせている原因になっている」
 とでも言うかもしれませんが、そう言った議員は無能と見てよいでしょう。今の株価下落の原因はすべてアメリカのせいなんですから。
 ついでに書いておくと、前FRB長官のグリーンスパンが今回の株価下落について、戦後最大の恐慌になるとか言ってましたが、私自身そうなる可能性が高いと現在見ています。その理由は言うまでもなく……言うまでもないことなので、省略します。

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裁判の可視化について
 私はこれまで、今度から日本の裁判でも施行される陪審員制度にあまり期待はしていませんでした。しかしふたを開けてみると、ただ難解なだけで専門家だけの言葉のようであった司法用語を簡単なものへと改めたりするなど、なかなか問題をはらんでいる日本の裁判にとっていい改善へのきっかけとなっています。

 その一方で、今回のお題の裁判の可視化については未だ本格的に議論されていないようです。もっともこの可視化は、捜査段階の警察による取調べについてはなかなか議論されていますが、この前警察が取調べ時に被告が自白したほんの数分だけを録音して提出したら、案の定証拠として採用されませんでしたけど。
 この裁判の可視化、ついでに捜査段階の可視化ですが、欧米ではすでに当然のものとなっています。オーストラリアなんかは十年位前から取調べ時の録音をやっており、アメリカでは裁判はテレビカメラを入れて当然なくらいの雰囲気です。そりゃビデオテープが出始めた頃ならともかく、これだけ技術の進んだ現在においてまだやっていないというのは非常に遅れているとしか言いようがありません。

 この可視化、言い直すならば裁判においてカメラを入れない点について法務省は、被告のプライバシーなどとがたがた抜かしていますが、こんだけ法廷スケッチとともにマスコミで裁判の状況が報道されるのに、プライバシーもクソもないでしょう。それでもあえて言うならば、一部の国のように社会的に大きな影響を与えた事件、たとえばオウム事件や和歌山毒入りカレー事件など、このような事件に限ってテレビカメラを入れるとかいう手もあるはずです。もともと裁判は閉鎖性を伴うと一部に偏った判決になる恐れから、憲法の上でも原則公開するとしているにも関わらず、こうしてカメラを覆い隠すのは私個人でおかしいと思います。

 そしてカメラを入れるメリットも非常に捨て難いです。というのも、一度カメラなどで保存しておくことによって、時間を置いて再審などが行われる際、以前の供述から証言まできちんと残せるからです。これはむしろ取り調べの際のほうがメリットが大きいですが、これによって原告被告ともに供述の覆り等を正しく証明できるようになります。
 そういった意味で、なるべく早く日本も可視化、記録化をすべきだと私は思います。

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単純に物事を考えることについて
 前回の投稿では社会保障について、やや単純に問題を追っていきました。この、「単純」という言葉ですが、どちらかというと悪い意味で使われることの方が多いと思います。かといって「複雑」という言葉も、どちらかというとマイナスな意味が付与されているような気がします。
 まぁ言ってしまえば両者は両者で如何に使い分けるかが重要ではあるのですが、政治の世界だとやはり複雑な言い回しの方がいいとされています。ですが小泉元首相のように、単純な言い回しをする政治家の方が人気は集まりやすいものです。

 いきなり結論ですが、私は基本的に物事は単純であれば越したことはない、単純であるほうが優勢だと考えています。というのも論文においても、複雑な論理であればある程その主張が発揮される場所が限定されるのに比べて、単純で簡潔な論文ほど応用範囲が広いことになります。かの有名な遺伝の法則をメンデルが科学アカデミーに報告した際、その紙量はほんの一、二枚だったといいます。実際に遺伝の法則は実に単純で、理解して見ればわかりやすい。それだけに法則は偉大だともいわれています。

 そして物事を行う際に計画を作るにしても、私なんかは結構手抜きしやすい性格なのもありますが、大まかな目標を作った上で始めてしまう事が多いです。というのも、理想の計画通りに現実がうまく行くことなんて百に一つもないと思っており、それよりその大きな目標に対して過程をどうやりくりするかに対して重要視しています。もっとも、まるきり計画性がないのはやっぱり問題ですが。

 政治の世界についても、私は同様の見識を持っています。かの日露戦争の勝利の立役者の児玉源太郎氏も、軍人としての経歴ばかりが注目されていますが戦後は議員にもなっており、本人は自分は政治家だと自認していたようですが、この人が言うに、
「政治というのは大鉈を振るうように行わねばならない。細々と対処していては何も問題は解決しない」
 と述べています。私もこの言葉に同感します。細かな軸はともかく、大きな観点で問題を見据えることがよい政治家の条件ではないかと考えています。言うなれば、物事を単純化して見る力があるかどうかです。

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社会保障支出の今後の展望
 今年はとうとう2008年。私が中国に行ったのは2005年のことで、後3年後にここでオリンピックがあるんだなと思っていたら、とうとうその年になってしまいました。時間経つのが早いような。
 そんな2008年ですが、もう一つの意味合いで象徴的な年になりそうです。その意味と言うのも、最後の団塊世代退職年という意味です。
 団塊の世代の具体的な意味はここでは説明しませんが、その対象年とされているのは1946〜48年の3年間に生まれた世代の事を指します。すでにこれまでの間に、こういった世代が一挙に定年を向かえることから新卒の就職状況は活発だなどといわれていますが、その最後の1948年生まれが定年に達するのが、今年ということになります。

 ここでもう一つのある概念と比べてみましょう。近年、年金不安とともに社会保障についての議論がかまびすしく行われています。国会の予算案についても、まぁ今年はガソリン税があるのであまり相手にされませんが、社会保障費と医療費をどうするかということが毎年の議論の的となっています。
 この社会保障、言うなれば老後の年金支出ですが、先ほどの団塊の世代を考慮に入れるとすれば、恐らく支出のひとまずのピークがくるのは今年から5年後、最後の団塊世代が年金受給資格を得る65歳になる年である2013年にくるということが予想されます。というのも、すでに日本の人口は漸減しており、これ以降は若年層も減っていくのですが同様に新たに老年層となる人口も減っていくので、収入面はともかくとして年金としての支出は恐らく5年、もしくは6年後くらいがピークを向かえるかと私は考えています。
 そしてそのピークを向かえた後はどうなるか。これまた単純な計算をすると、今の日本人の平均寿命は大体80歳くらいですから、そのまま80引く65をして15、つまりそれから15年後でひとまずの支出が極大化する過渡期が終わると考えられます。実際に西暦に直すと、それは2028年、つまり今から20年後です。

 またまた単純な結論に持ってくるとすれば、年金支出が膨大化するのは今から5年後、そしてそれが収まるのが今から20年後ということです。これを言い直すのならば、間の15年間が日本の財政を考える上で一つの過渡期となるという事です。この過渡期を乗り切ってしまえさえすれば、ここまで単純ではないにしろ、日本の少子高齢化問題のうちの高齢化問題はある程度片がつくと思います。
 そこで政策的にはどうするべきかというと、恒久的な年金、社会保障案はこの際考えない方がいいと思います。言ってしまえばこのいびつな年代に合わせて社会保障体制を作ってしまうと、その後は人口比などの面から必ず歪みが生じてきます。それならばいっそ、時限立法的にこの15年間をどう乗り切る、どう予算を集めるかというような方法を考える方がずっと建設的だと思います。それこそ、この15年間限定で今話題のガソリン税のような特定財源、特別税を作るのも一つの手でしょう。

 と、問題を単純化して社会保障に対する政策案をまとめて見ました。なかなかいい出来でしょ。

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