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Author:花園祐
 歴史とインドを何より愛する現在20代の一匹狼です。専門は国際政治と中国語で、そのほか社会学なども扱っています。 連絡先 miyamakikai@gmail.com

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陽月秘話 出張所
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
平安最強の奇人、小野篁
 この三日間は心身ともに疲労する記事を書いたので、久々に肩の力の抜ける歴史のはなしを書こうと思います。ちなみに、「竹中平蔵の功罪」の記事は陰陽編二つ合わせて原稿用紙20枚分も書いてたよ……。

 さて皆さん、突然ですがこの和歌をご存知でしょうか?
「わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣り船」
 この和歌は百人一首にも選ばれている、小野篁(おののたかむら)の和歌です。小式部内侍、小野小町の和歌に次いで、百人一首の中で三番目に私が好きな和歌です。

 実はこの和歌が読まれた時、篁はえらい所にいました。何を隠そう当時の罪人の流刑地である隠岐です。
 事の起こりはこうです。篁は遣唐副使、ようするに中国留学団の副団長に指名されたのですが、嫌がって勝手にサボったら嵯峨上皇にめちゃくちゃ怒られて、流刑される羽目となったのです。
 その際に、「こんな遠くに来ちゃったけど、寂しい僕の気持ちを心ある漁師さんは都のあの人(恋人とか家族かな)に伝えておくれよ」、っというのがこの和歌の解釈です。

 ここで終わればただのサボり屋ですが、不思議なことにこの篁はその後許されて都に戻ると順調に出世し、最終的には摂関家以外の人間にとっては宮中の最高位である「参議」に叙位されています。これは一度流刑された人間としては異常な出世です。
 さらに面白いことに、この篁というのは安倍晴明もはだしで逃げ出すくらい、不思議なエピソードの多い人間なのです。

 一番有名なのは、宮中のある貴族が死んで地獄で閻魔様の裁判を受ける事となった時、なんと判事の席には篁が座っており、この貴族は篁が流刑に遭った際に弁護をしていたことを閻魔様に説明し、また甦らせてやってくれと擁護したといいます。閻魔様もそれを聞き入れ、そのままその貴族は蘇生し、事の次第を宮中で篁に尋ねてみると、
「他言無用」
 とだけ言い返されたと言います。

 また、洛中で嵯峨天皇を皮肉る高札が出た際、嵯峨天皇に「お前がやったんじゃね?」っていちゃもんを篁がつけられた際、篁が「やってませんよぉ」と言うと、「じゃ、これ読んでみ」って、「子」の文字をただ12個並べた紙を見せたところ篁は、
「猫の子子猫、獅子の子子獅子」
 と、「子」の文字を「ね」と「こ」と「し」と三種類に読み分け見事な文章を作り、このいちゃもんを打ち負かしたと言うエピソードもあります。これなんかは高校の古典の教科書にもよく載せられている話だと思います。

 ただこの篁ははっきり確証こそありませんが、日本の美人の代名詞でもある小野小町の父親だとも言われています。小野小町もその存在の実証性がはっきりせず、親子そろってミステリアスな一家です。そのミステリアスさを買って、昔に私が書いたSF小説でも一度ご登場を願いました。

テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術

歴史上の人物の評価が逆転する時
 以前に書いた、「織田信長の歴史的評価の転換」という記事で、人物への評価はその時々の政権によって捻じ曲げられることがあれば、過大に評価されることもあると紹介しました。よく歴史的評価は公正だと言われますが、確かにまだ公正な方だとは認めますが、現代に至るまで天皇制と深く関わるので低い評価のされ方をしている蘇我馬子などの事を考えると、完全に公正とはやはり言い切れないと私は思います。

 特に、中国は歴史にすごいプライドをもつ国なので、政権によって人物への評価はコロコロ変わります。たとえば、始皇帝を暗殺しようとした荊軻などは暴君に立ち向かった勇者として評価された時代もあれば、無謀な手段で政権の混乱を測るテロリストとして現代ではやや低い評価のされ方をしています。それでも人気ではありますが。

 最近、日本で急激に再評価が進んでいるのは間違いなく岸信介元首相でしょう。これなんかはだいぶ時間が経ち彼の功績が冷静に評価されるようになった事と、お孫さんの安部晋三前首相がえらくなった政治的要因があると思います。
 逆に徐々に低い評価となってきているのは、小泉純一郎元首相でしょう。彼なんかは首相を辞める頃がピークで、その後彼の行った政策の穴がぽこぽこ出てきて、恐らく今後も下がる事はあっても評価が上がる事はないでしょう。でもってまたしばらく時間が経てば、細かく政策ごとに評価されるでしょうがそれにはまだ多くの時間が必要です。

 私の予想では、今後急激に再評価されていくであろう人物は竹下登元首相だと思います。恐らくコウセイの歴史には、批判が多い中で消費税を導入し税体系を転換の一歩を踏み出した、とか、目黒の闇将軍の院政を断ち切ったなどと評価されるかと思います。こっちも最近、お孫さんのDAIGOが人気だし。

 結構、いいリズムで記事が書けたなぁ。次の記事のための踏み台のつもりで書いたのに。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

チリのピノチェト時代の暗黒歴史
 最近歴史の話を書いていないので、また補充分とばかりにどぎついネタを放り込んでおきます。

 今回の話も私の記事より、ウィキペディアの「アウグスト・ピノチェト」の記事を読んでもらうのが早くて、しかも詳しいです。
 このピノチェト元チリ大統領のことは、恐らく年齢の高い方は皆ご存知でしょうが、私のように二十代くらいの若い層はほとんど、というよりも見たことも聞いたこともないでしょう。その理由はほかでもなく、アメリカの暗黒史につながるからです。

 このピノチェト元大統領はあのアニータで有名なチリの大統領でしたが、その就任に至る過程も当時軍部の最大権力者であった彼によるクーデターによるもので、しかもアメリカの支援によって行われたものでした。話の発端はこうです、当時チリでは左派勢力が拡大し、自由選挙によってアジェンデ元大統領による社会主義政権が誕生していました。この動きに対し、資本主義勢力のアメリカは自国の庭だと思っている南米にて社会主義政権が誕生したのを快く思わず、反共主義者であるという理由のみでピノチェトを支援し、政権を倒壊させたのが成り立ちです。

 その後、チリには一昨年死んだミルトン・フリードマン率いる新自由主義を掲げる経済学者たちが乗り込み、経済改革に取り組んでいきました。その結果はというと、前回に書いた韓国のIMF時代のようになんでもかんでも国家事業を民営化され著しい経済の混乱を引き起こしました。そして問題を引き起こす原因を作ったフリードマンはというと、「ありゃ確かに俺の理論が間違ってたな」などと、後になって言ってのけたらしいです。ピノチェトも、最期にはその新自由主義陣営の学者たちを追い出し、復古政策に舵を切ったといいます。

 ただ、この経済的混乱を引き起こしただけなら彼はここまで有名にはならなかったでしょう。ピノチェトを名指しめるようになったのは、ほかでもなく虐殺です。一説によると十万人以上とも言われるほどの人間、主に左派の人間の虐殺を行い、当時のチリで一般人は外出することすら許されなかったようです。以前に知り合いになったチリ人の留学生の話によると、なんでも祖母が若い頃がその虐殺の時代に当たり、当時は毎日路上に人の死体が常に転がっていたらしいです。そんな次代を乗り越えたからか、おばあちゃんは今でも元気らしいです。

 しかし、この虐殺に対し世界に人権を標榜するアメリカは見て見ぬ振りをしていました。なぜかといと、ピノチェトが倒れれば、またチリが社会主義化する怖れがあったからです。それだけの理由のために、自らが原因でもあるのに、アメリカはこれらの南米の悲劇を見て見ぬ振りをしていました。そしてアメリカの悪口が書けない日本なので、恐らく大学受験時に必死で世界史を勉強した方もこの事実はご存じないかと思います。

 多かれ少なかれ、当時の南米はどこも似たような歴史を歩んでいます。その背後には必ずといっていいほどアメリカがおり、決してアメリカ贔屓でない私ですら、こんな冷酷なことを平気でしていたのかと思って青ざめたことがありました。もし興味をもたれた方は、この辺の南米の歴史を勉強することをお薦めします。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

小中学生の歴史肖像画への認知度
 肖像画についての記事を描いたばっかりなので、連投とばかりにこっちも載せときます。

・卑弥呼は正解99% 歴史の人物、業績は?小6など調査

 リンクの貼り方を覚えたばっかりだから、私、今日はやけに貼りますね。
 それはともかくとして、このニュースは昨日に文部科学省が発表してほぼすべての全国紙に載ったニュースですが、小中学生の歴史上の人物の肖像画に対する認知度を調べた調査結果です。ニュース記事によると、人物が大量に出てくる幕末から明治の間ではライバルが多いというせいもあり認知度は下がるようですが、逆にライバルの少ない時代だと認知度が高まる傾向があり、それを反映してか、最も認知度が高かったのは縄文弥生時代の「卑弥呼」だったようです。ってか、卑弥呼って肖像画あったの?

 順位を見てみると、認知度の高い肖像画の二位と三位が「ザビエル」と「ペリー」って、何で日本人じゃなくて外人なのかがちょっと面白いです。ザビエルに至っては小学校では坊主頭の男の子が、中学校ではハゲた男性教師がよく「ザビエル」というあだ名をつけられるので、この結果にもなんとなく頷けます。
 そしてその後に続く四位で、日本人では二位になるのは「野口英世」です。特徴のある顔の人なので、まぁこれもわかりますがその次の総合五位に入った「雪舟」は、何故これほどまでに順位が高いのか、ちょっと私は不思議に思いました。今の小中学生は雪舟について、なにか特別な教育でも受けているのでしょうかね。

 その後の順位だと、十三位に「小野妹子」が入ってますが、これも肖像画ってありましたっけ? 私はなんか今、ぱっと出てこないのですが……。
 そして最低だったのは認知度23.5%で、「大久保利通」です。この結果について好きなことを言わせてもらうと、「へっ、ざまあみろっ」って所ですかね。私は鹿児島県生まれなので、彼は大嫌いです。功績は認めますけど。

テーマ:ニュース - ジャンル:ニュース

足利尊氏の肖像画の謎(・・?
 今日はとっておきのネタです。まずはこのリンク先のウィキペディアのページを見てください。

 ・足利尊氏

 見てもらった方はページの右上にある肖像画を見て、「えっ!?」と思ったのではないでしょうか。その余韻が冷めないうちに、今度はこっちのページを見てください。

 ・足利直義

 それこそ、「なんじゃこりゃー!!」と太陽にほえろばりに驚いた方もいるのではないでしょうか。こっちの足利直義の肖像画は一般的には源頼朝の肖像画として広く知られているものです。それが何故足利直義のページに貼られているのか、不思議に思いませんか?

 なんでも、これまで源頼朝と伝えられてきた、えらい山奥にある京都神護寺に伝わるこの肖像画ですが、最近の研究によるとどうも足利直義の肖像画なのではないかという意見が強まってきているらしいのです。同様に足利尊氏のページに貼られている肖像画も、従来は人気の高い平重盛のものと言われて来ていたのですが、どうにもひっくり返ったようです。
 足利直義についてはともかくとして、あのひげもじゃの騎馬武者像が写っている従来の尊氏の肖像画については昔から異論が数多くありました。馬の鞍についている家紋が足利家の物と違うことや、伝来がはっきりしないことなどがあり、実際には足利家の執事であった高師直ではないかと言われており、この新たな尊氏の肖像画の出現によってますます高師直だという説が強まってきています。

 私の主観で言うと、これらの肖像画は新説の方が正しい気がします。それこそ研究家でもない私なのですから根拠は何もないのですが、歴史の中で描かれる足利尊氏、直義のイメージからすると、この新たな肖像画の方がなんかしっくりくる気がします。足利尊氏は武家の棟梁として、どちらかというと温和で落ち着いた感じのイメージで、従来のひげ武者はやはり豪勇で伝わる高師直だと思い、足利直義についても、彼の経歴からすると冷徹な官僚的イメージというか、大久保利通に近いイメージを持っていたので、これまで源頼朝像と言われてきたこの肖像画がだとピンときます。

 真偽は今後の研究を待たねばなりませんが、じゃあ現在の中高生が使っている歴史の教科書にはどっちが写っているのかと思い、ちょっと今日に本屋で中高生向けの参考書を立ち読みしましたが、どうやら教科書に使われているのは昔のままの肖像画のようです。源頼朝はウィキペディアの足利直義のページに貼られている画像で、足利尊氏は例のひげ男爵のままで、実はこの肖像画じゃないかもという内容のコメントは特に載っていませんでした。
 折角だから、早いうちに中高生の教科書には、「もしかして、違うかも」という一言くらいは入れといた方がいいかもしれません。そうした方が想像力が掻き立てられて、中高生にとっても面白いんじゃないかなぁという気がします。

テーマ:歴史大好き! - ジャンル:学問・文化・芸術